合葬墓の注意点とは

注目といいつつ・・・こんなはずでは「合葬墓」の注意点という記事がインターネットに上がっていたので考えてみたいと思います。

【注目といいつつ・・・こんなはずでは「合葬墓」の注意点】

https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000156889.html

まず、「合葬墓」とは何なのか?について考えてみたいと思います。

一家にひとつづつ(場合によっては個人にひとつ)あるお墓が通常のお墓だとすると、この「合葬墓」は複数の人達が一斉に祀られているイメージでしょう。普通のお墓が一戸建て、お寺などでの合祀がマンション、この「合葬墓」は旅館の大部屋や寄宿舎、健康ランドのような、赤の他人と肩寄せ合って固まっているイメージです。

ではなぜこの「合葬墓」が注目なのかというと、ズバリ、非常に安い価格が最大の魅力です。お墓は買うのも非常に高いうえ、好立地の墓地は抽選や順番待ちなど非常に取得までに手間ひまが掛かります。逆に、新興の墓園などはすぐ手に入るのですが、場所が遠く交通が不便な位置だったりと、なかなかハードルが高いという面もあります。

また、お墓参りをするのにも花を買い、線香を用意し、清掃道具や草とり道具などフルセットで携えて向わなければいけません。

それが「合葬墓」ならお墓そうじの心配もいりませんし、ある程度交通の便が良い墓地に埋葬できるというのも生きている人々にとって大きなメリットになるのかもしれませんね。

これら「合葬墓」が注目される背景は、やはり時代の変化が原因で、家族の縁というものも直近の親に対する思いも希薄になりがちな昨今、祖父母や先祖に対する思いやイメージというものは全く無いというのが本音なのかもしれません。「うーん、そういう先祖がいたっていう事は知っているけれど、全然ピンとこないんだよね」というのが偽らざる気持ちなのかもしれません。

加えて、現在の住宅事情はコンパクトに住む事が求められ、かつ親と離れて暮らす事に価値が求められ、家を繋いでいくために最低限必要な3世代同居する事が、そもそもできない環境下で暮らしている方が多いのだとも感じます。

家のシンボルであるお墓の重要性がどんどん低下している原因は、やはりこういう事なのだと思いますし、だからこそ、赤の他人と合葬になったとしても、生きている人達に負担の少ない「合葬墓」が注目されているのだと感じます。

では、そんな注目の「合葬墓」が、なぜ気を付けなければいけないのか?こんな筈では・・・と後悔してしまうのか?それについてはとても興味深い結果になっています。

「合葬墓」のどんな事が「こんな筈では・・・」なのか?主な項目としては

1:墓じまいして引っ越すのに意外と費用がかさむ

2:合葬墓からお骨を出そうとしても出す事ができないケースがある

3:墓参する時どこに手を合わせるか迷う

4:供養してくれるわけではない

なのですが、見事に「合葬墓」が安価である主要因に対して困惑しているケースがあるんですね。先ほども言いましたが、これは興味深い結果だと思います。

例えばお骨を出そうとしても出ないケース。こちらは(言い方は少々乱暴ですが)誰彼構わずお骨を格納するから手間が掛らない=安価で済むという関係性がある事は必然ですし、もし誰がどこに格納されているのか判別できるようにし、比較的容易に取り出す事ができるようにするには、大きな経費を掛けてそのように整備しなければいけません。

墓参する時どこに手を合わせるか迷う、という点は先ほどの件に繋がるのですが、これもどこに誰が格納されているのか分からない事によって起こる問題です。

注目の「合葬墓」に関しては、メリットとデメリットをよく考えて、親はもちろん先祖に思いを馳せて決断した方が賢明なのかなと感じました。

 

お仏壇の老舗が新業態!?

仏壇業界の老舗である株式会社はせがわさんが新業態の店舗をオープンしたという記事があったので早速考えてみたいと思います。

祈りの老舗 はせがわの子会社が「食」と「祈り」をテーマとしたライフスタイルショップ「田ノ実(Tanomi)」1号店を自由が丘にオープン!

https://news.nicovideo.jp/watch/nw5310673

お仏壇のはせがわというCMでおなじみ、老舗の株式会社はせがわが100%出資した子会社「田ノ実」というお店が自由が丘に6月14日オープンするそうです。

自由が丘と聞くと、あまり縁の無い私にはオシャレな街だなーという印象が強いのですが、そんなオシャレな街に、お仏壇の老舗が店舗を構えるという事そのものに大きな興味が湧いてきますよね。

「田ノ実」というこのお店、【古くて新しい"日本の食"に焦点をあて、お米、糀(こうじ)、発酵食品を中心とした食と雑貨のライフスタイルショップ】というコンセプトだそうで、なるほど自由が丘と馴染むコンセプトだなぁと感じました。

ひょっとしたらカジュアルなお仏壇の店なのかなと思っていたのですが、そうではなかったようです。

しかし、お仏壇の持つ家系という一本の太い幹に沿った事業なのかなとも感じます。

どういうことかというと、お仏壇は家系、先祖代々、家を守る、といった家族の歴史を強く感じる商品なのですが、この家を強くイメージさせる根本は稲作ではないかと常々思っていたのです。

稲作は同じ土地に住まい続けなければ成立しない産業ですし、有史以前からの我が国の基幹産業?と言ってもいいのではないでしょうか。「田ノ実」はこの稲作にもスポットを当てています。

人びとは生きるために作物の無事と豊作を「願い」、実りに「感謝」するために「祈り」を捧げてきました。それは、いまの暮らしのなかにも息づいており、人々は年始には初詣に行き、地域のお祭りに参加し、お盆にはお墓参りをします。そして、その傍らにはお餅やお酒、美味しい食べものが供えられています。「田ノ実」は、日本人の生活にある「祈り」を、「食」からひもとく事業です。

と記事にもありますように、お仏壇やお墓、その前で拝む、祈る、といった行為は日本の伝統稲作と切っても切れない関係があるからで、お仏壇の持っている根本的な領域、物質を取り除いた先にある本当の需要に焦点が当たっている辺り、さすが老舗の会社さんだなと感心してしまいました。

この「田ノ実」というショップは3階構造になっていて、それぞれにさらに細かいコンセプトがあるようです。

1階は雑貨と食品のショップのようです。「しつらえ」という日本伝統の考え方を軸に展開した商品群が並びそうです。

そして2階が飲食。お米、すなわちご飯と具だくさんの汁物をメインに、季節を感じながら静かにリラックスした食事ができそうです。有名シェフが手掛けるメニューにも興味が湧きます。

3階は催事に使うスペース。日本の季節行事と食を暮らしに取り入れる教室から、生産者と直接話し、生産物の背景を学ぶ講座まで、豊富な内容でプランニング中とのことなので、どんなイベントが行われるのか?楽しみですね。

最後に、お墓とお仏壇は切っても切れない関係にあり、「家」というワードと「祈り」というワードはどちらも共有していますし、以前上げた記事では「仏壇はIT端末でお墓はメインサーバ」というような記事もあったりしますので、根本にある考え方は本当に同じなんだなと痛感してしまいます。

米という安定供給が可能な食料を手に入れ、その生産が自分たちの生活を安定的に豊かにするのだ、という事に気付いた我々の先祖たちが、試行錯誤を繰り返し、その発展に寄与し続けてこれたのも、家を繋ぎ続けて身近では親、そしてご先祖へと祈りを捧げ続けてきたからこその、今日の発展なのかもしれません。

老朽化した空き家マンションの問題!?

所有者全員の合意が取れず市が代執行したマンションのことがニュースになっていたので考えてみたいと思います。

合意取れず行政代執行で解体へ 老朽化激しい空き家マンション

https://www.chunichi.co.jp/article/living/life/CK2019052302000002.html

場所は滋賀県野洲市というところです。野洲と書いて「やす」と読みます。位置的には琵琶湖の東岸で比較的南側に位置しています。

野洲市公式サイト

http://www.city.yasu.lg.jp/

老朽化したマンションは、所有者全員が同意のもと、所有者たちで解体するのが本来のルールなのですが、マンションの悪い問題が出てしまったようで、一部の所有者と連絡が取れなかったり、実態の無い会社が所有者であったり、崩壊寸前の危険な状態であると分かっていても、解体できない事態がながらく続いていたそうなのです。

以前、修繕についてでも報道されていましたが、結局、マンションの改修や解体には所有者全員の同意が必要という無茶なルールが深刻な事態を招いていると言ってもいいと思います。

既に外壁が崩れ落ち、室内が丸見えの状態になっているこのマンションを取り壊したくないと主張する所有者は最早居ないものだと思うのですが、肝心かなめの「所有者全員」と連絡が取れなければどうしようもありません。

隣接する民家もあるからと野洲市が危険と判断し、代執行を決めたこの案件、対岸の火事だと片付けるにはあまりにも深刻すぎますし、野洲市の代執行では解体とアスベストの処理もあり税金から5千万円ほど投入して解体をする手筈のようですが、何だか後味の悪い結果になってしまいそうです。

この空き家マンションは1972年築だそうです。

1972年といえば、札幌オリンピックに湧いたり、あさま山荘事件が起きたり、沖縄の返還など、日本中がざわざわとざわめいた年ですから、もう45年以上になります。

こんなに古いマンションが全くメンテナンスもされず放置されていたとしたら、その隣に住んでいるとしたら、ちょっと気分の良いものではありませんよね。

札幌オリンピックミュージアム

http://sapporo-olympicmuseum.jp/

突入せよ!「あさま山荘」事件(あさま山荘事件を取り扱った映画)

https://www.asmik-ace.co.jp/lineup/1290

返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す(沖縄返還を取り扱った映画)

http://www.henkan-movie.com/

この後、日本は様々な紆余曲折を越え、未曽有の好景気へと向かっていきます。その好景気の時に建てたマンションは、一体何棟あるのでしょうか・・・?そしてそれら全てで、大規模改修や解体について、全ての所有者の同意を得られるのでしょうか・・・?

国土交通省の推計によると、築四十年超の分譲マンションは2017年から2037年にかけて5倍に膨れ上がっていくそうです。

中には、管理組合の無い管理不全を起こしているマンションもあるそうで、これは一戸建ての空き家問題に勝るとも劣らない、複数の人が関わっているという点においては、ひょっとしたら一戸建てよりも深刻な問題ではないかと思わざるを得ませんよね。

老朽化したマンションの『終活』は問題山積みのようで、当事者の皆様はジワジワと迫ってくるタイムリミットに気が気ではないのかもしれませんね。

私たちはこうした空き家問題に何で貢献できるのか?様々考えを巡らせて、できる事をしよう、障がい者施設に所属する、働く能力はありながらも、働く機会になかなか巡り合えない利用者の皆さんに、働く機会の創出を、これからもしていきたいと考えています。

おてらおやつクラブ

お寺へのお供え物を賞味期限が切れる前に生活困窮世帯に供給する「おてらおやつクラブ」についてインターネットに記事が上がっていたので、考えてみたいと思います。

茨城県内移13寺参加 供え物おすそわけ 「おてらおやつクラブ」

菓子や果物 社協、児童施設に

https://ibarakinews.jp/news/newsdetail.php?f_jun=15575782066070

仕組みとしては、お寺にお供えされるお菓子や果物の消費期限が切れてしまう前に「仏様のお下がり」として支援団体を通じて生活が苦しい世帯へ供給されているようです。

お寺へのお供え物は、お彼岸やお盆など特定の時期に集中してしまう傾向があるのは、お分かりいただけると思います。どうしてもそういった節目にお墓参りやお参りをするのが日本の文化なので、これは仕方の無い事なのかなと感じます。

しかし、お供えされた大量のお菓子は、お寺の家族や訪問した檀家の方々では食べきれなく、必死に食べ、おすそ分けし、それでも余ってしまったお供えについては、泣く泣く廃棄していた事情も少なからずあると思うので、とても素晴らしくそして美しい仕組みであると感じました。

この活動は奈良県田原本町にある安養寺さんから始まった活動のようでして、こうしてひとつのお寺の活動が、今や日本全国に広がっていったのは、本当に感動的でさえありますよね。

大乗仏教の究極の活動として自利利他というものがあると聞いています。

これは、自身が得た徳などを他の人々に還元するという考え方で、まさにこの「おてらおやつクラブ」こそが自利利他の精神に沿っているんではないかと強く感じました。

記事の中では、茨城県内の寺院さんの活動を紹介していまして、北茨城市大津町の大宮山長松寺さん、那珂市額田南郷の引接寺さんの活動が取り上げられていて、長松寺のご住職である中村住職は、SDGs(エスディージーズ)に関する書籍でこの「おてらおやつクラブ」の活動を知ったのだそうです。

SDGs(エスディージーズ)とは2015年に国連サミットで採択された、貧困や教育、不平等などの問題について17の目標を定めたものの総称で、中身を読むと、通り一辺倒な目標ではなく具体的な問題について具体的で数値化された目標が多くの項目で定められており、このSDGsのサイトを見るだけで、世界で起こっている問題が一体何なのかを俯瞰する事ができてしまうと感じています。

SDGs(エスディージーズ)について書かれた外務省のサイト

https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html

また、引接寺の安西住職はこの活動が始まった直後から参加されているようで、やはりお供え物が余ってしまう現状に心を痛めておられた様子でして、この活動が子供たちのためになれば、と参加を決められたそうです。

子供は社会の宝、と口で言うのは簡単なのですが、実際に貧困家庭や訳あって生活が苦しい家庭などのお子さんに食事やお菓子の楽しさなどを伝えているのかと問われると、自身どれだけやっているのかな、と疑問が残ってしまいます。

それだけに、こういった無理のない範囲で善意を伝えられる活動というのは、持続可能性が高くなる必須条件ですから、この活動のすばらしさ、仕組みの美しさを感じずにはいられません。

今日は、お墓参り代行とはあまり近くない話題になってしまってすいませんでした。

しかし、ここを読んで下さっているあなたにぜひお届けしたいと強く感じましたので、この話題について書かせていただきました。

おてらおやつクラブ

https://otera-oyatsu.club/

安養寺

https://anyouji.jp/

長松寺

引接寺

http://www.injyouji.com/

空き家相続前に考える事

実家の空き家の売却、『相続の前』に考えておくこと

という記事がインターネットにアップされていたので考えてみたいと思います。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190423-00010001-ffield-life

この記事では、空き家の売却を考えるのは早いうちから計画した方が良い、と主張しています。その根拠は、空き家の売却に特例税制(譲渡所得のうち、3,000万円までが控除される税制)が適用されるのが概ね3年間、具体的に言うと「相続開始日から3年を経過する日が属する年の12月31日までの売却」が特例税制摘要の期限であり、それ以降は認めない、という訳でして、実際この期限を過ぎてから相談に来られる方が多いのだそうです。

確かに、誰も住んでいない実家の土地建物、相続したのはいいけれど、一体どうすればいいのか・・・年に1回くらい掃除に良き、あとは「どうしたものか・・・」と考えあぐねるばかり。あっという間に3年間が過ぎてしまった、というのはよくある話なのかもしれませんね。

実際、当方で草取り監理をさせて頂いていた、似たようなケースでも、何の動きも無いまま年1回の草取り業務を3年以上続けていた事があります。(そのお客様は結局どうなったのか、それ以降の草取り作業のご依頼が無かったので分かりませんが)この法律に基づいていれば、特例税制の恩恵を受けられたのかもしれないと考えると、勿体ない事をしたのかもしれませんね。

若い方にとっては「3年って長いよね。何ら手を打てなかったのは自業自得じゃないの?」というご意見の方もいらっしゃるようですが、実際、親が1人で住んでいた家を相続する年齢ともなれば、会社や、今住んでいる地域社会で何らかの責任を少なからず多く背負っていて忙しい場合がほとんどではないのでしょうか?地域の何らかの役を慣れないながらこなしつつ、任期を終えたら・・・時間がオーバーしてしまっていた、という事も、やはり無くはないのかなと感じます。

もうひとつ重要なのは以外に売却に手間取ってしまって時間オーバーしてしまう、という問題です。

とにかく田舎の一軒家は場所によって人気にムラがあります。当社は割と田舎の、便の悪い位置にあるのですが、近隣の空き家は売れています。なぜか?交通の便が悪いと言っても自動車を所有していればそれほど不便を感じない上に、程よく田舎なため都会の下町やいわゆる一般的イメージの田舎にありがちな強固な人間関係の強要などがなく、若い世代でも快適に住める条件が揃っているからです。そうして移住した若い世代が、同年代の若い世代を呼び、地域全体の新陳代謝に成功しています。

が、その目と鼻の先の地域では、全くと言っていいほど空き家の売却が進んでおらず、深刻な問題に発展しそうになっています。

腕のいい不動産屋さんにお願いするのが一番良いのではないかとも感じるのですが、それでもなかなか難しいという話も聞きます。売りにくい場所では見込客への接触機会を増やすほかありません。

接触機会とは、できるだけ多くの、空地や空き家を買いたいな、と思っている人に土地を見てもらう事で、そのためにはパッと見だけでもいいので、空き家の外観や空き地そのものをキレイにしておく必要が有るかと思います。

売却のためにキメの細かい手を打てないならば、実際の見た目を良くしておけば、そのタイミングを拾えるチャンスも増すわけですし、売却のメリットだけでなく「あれ、この家は空き家の筈なんだけど、庭先がきれいだな・・・結構頻繁に帰ってくるのかな・・・」と泥棒等犯罪者に思わせる効果もあります。そして隣家の方々に、雑草の種が飛んで行って発芽する、庭木の枝葉が大量に隣家に落ちる、管理されていない庭にスズメバチが巣を作り、隣家の子供が刺された、などと数え上げたらきりが無い程のトラブルを回避し、ご迷惑をかける事も無くなる訳です。

空き家の売却と管理、そろそろ考える時期なのかもしれませんよ?

 

空き家活用起業ファンド

空き家活用起業の支援ファンド設立という記事がアップされていたので取り上げてみたいと思います。

"空き家活用起業の支援ファンド設立" 朝日新聞DIGITAL

https://www.asahi.com/articles/CMTW1904152200003.html

設立された地域は【飛騨高山】でして、岐阜の中部、山の中で朝市などで有名な観光地、というイメージでしょうか?高山祭りと呼ばれるお祭りには屋台と呼ばれる山車が出て華やかなお祭りだなーという印象でした。

飛騨高山観光公式サイト

http://www.hidatakayama.or.jp/

観光地・飛騨で空き家ファンドを立ち上げたのは地元の信用金庫である高山信用金庫が主体となっています。

やはり地元に根付いた金融機関は、地域の中小零細企業などの事情をよく知り、その問題点も客観的に把握しているところが多いのでしょうから、こういった地域の社会問題を解決するには欠かせない存在だと言えます。

具体的にどうするかというと、飛騨高山の空き家を利用して、観光や飲食業を行う事業者には投資という形で資金を用意し地域の発展に寄与するという流れです。

投資という形を取る事で、借入のように最初から元本の返済を迫られることなく、事業に専念できるメリットがありますが、逆に金融機関から見た場合は貸付ではなく投資であるので、非常に大きなリスクを背負うと共に事業計画へ意見を出しやすい環境なのかなとも考えられます。

しかし大事なことは、事業の発展と継続であるはずなので、ある程度長期的な投資と割り切って資金提供してくれるのでしょう。

空き家の利活用は今まであまり実施されてこなかった事だけに、きっと誰もが手探り状態であると思います。

その際、貸付ではなく投資であるという資金提供は本当にありがたいのかなと素直に感じます。

また、飛騨高山という地域柄なのか観光及び飲食業という業種に絞っているのも興味深いです。

地域の産業と連携が取りやすいうえに業種を絞る事で投資の審査もより深くする事ができるのだと思います。

逆に言えば、相当事業計画を練った上での申請でないとなかなか審査は通らないのかもしれませんね。

しかし、事業の内容について深く考えずに安易な起業をしてしまい、結果失敗をして人生を狂わせてしまうよりも、しっかりした審査の上で自分の描いた事業計画が投資に足るものなのか無料で審査してくれるのです。

仮に、その事業計画が認められずに審査を通らなかったとしても、それはそれで実力不足や計画性の甘さを事前にアドバイスしてくれたと思えば、非常に安いチェックコンサルティングになるのではないでしょうか?

実際、事業が上手く行かなかった時には、貸付ではなく投資という立場の信用金庫も、そのお金が返ってこない場合まる訳ですから、もしそうなれば多大な損失を被る訳で、これは起業家と信用金庫、本気と本気のガチンコ勝負なのではないかと感じます。

それではこの辺でまとめたいと思います。

飲食店や観光施設に特化しての投資というのは、飛騨高山という特性を活かした空き家対策であり、貸付ではなく投資であるというのは、この地域を身を切って盛り上げていくぞ、という気概のようなものを感じます。

こういった取り組みは、日本中様々な地域で応用できるスキームであると感じますし、観光を軸にした飛騨高山の取り組みを自身の地域に応用するならばどうすれば・・・という視点で考えていくと、何だかアイディアがドンドン湧いてくるのではないでしょうか?

空き家や空き店舗が面白くて素晴らしい起業家に借りられて地域が発展するのを、そんな成功事例が日本で話題になるのを、願ってやみません。

お墓参りをIT風に


「墓参りをする意味」をIT風に説明するたとえ話が秀逸と話題に!という記事があったので考えてみたいと思います。

https://news.nicovideo.jp/watch/nw5063316

記事によると、亡くなったおじいちゃんはクラウド上に居るのだそうで、もうそこから笑みが出てしまいますね。

確かに、風になって吹き渡っているという歌も流行りました。あの曲はどちらかというと仏教的ではなくシャーマニズムを感じる歌でしたが、それはそれとしても、故人は物理的に存在しているのではなく確かに記憶とイメージの中、脳波という電気信号の中に居ると言ってしまえばまさにピッタリです。

そして、自宅の仏壇はスマートフォンなどの端末で、お墓はサーバーを意味しているのだそうです。
ここまで聞けば何となくお墓参りの意義が見えてきました。

私達は仏壇などの前で手を合わせる事で、気軽に故人と向き合う事ができますが、それはとてもライトな、言ってしまえば日常の行いのひとつにすぎないという事なのでしょう。

そして稀に例えば春や秋のお彼岸、盆や正月の節目にお墓にお参りし、そこまでの気持ちを一気に整理する、いわばサーバーをメンテナンスする、という事なのでしょう。

私の母は70歳を越えましたが、今でも仏壇にお供えする一口のご飯とお味噌汁はこまめに変えていますし、春と秋のお彼岸、お盆、正月にはお墓参りをシッカリと欠かさずしています。

色々と義務感を感じての事だと、実は義務感の方が高い比率を締めているのかもしれないと思う時もありますが、母は母なりに夫の先祖に対して思う所があるのでしょう。子供ながらそういうところは尊敬しています。

しかし、そうして守ってくれているからこそ、気軽に(とは言い切れませんが・・・)お墓に私たちがお参りする事もできるので、これが墓守がいない草が生い茂って墓石も見えない状態だったなら、お墓は縁遠い存在になっていた事でしょうし、その状態のお墓を目の当りにしたら、次回以降マメに行こう!と決意を新たに出来る自信も、正直なかったりする現実もあります。

仏壇がスマートフォンなどの端末、と記事にもありますが、私はふとした時に開いたアルバムや亡き家族を思い出すシチュエーションなんかも、故人への思いという形でクラウドにアクセスするのならば、スマートフォン端末と同じ役割を果たしているのかなと感じています。

その不意の瞬間にアクセスしようとしたクラウドへ繋ぐサーバーが草だらけだったら・・・?亡き家族のイメージと共に荒れた墓地のイメージも浮かんできてしまったら・・・?ちょっと負い目を感じてしまうと私自身は思います。
お墓参りはサーバーを良好な状態に維持し、ふとした瞬間に故人の記憶というクラウドにアクセスするとき、スムーズにかつきれいにイメージできるようにする必要な行動なのかもしれませんね。

もちろん、これは個人の感想であって、誰も強制できる事でもありませんしするつもりもありませんが、大規模霊園で全く墓参に訪れなくて荒れてしまっているお墓が約3%程度は存在するというお話を聞いた事があります。そのお墓は一体どうなってしまうのでしょうか?

お墓参りを面倒くさい、疎ましい、誰が得するのか、と思ってしまう気持ちはけっこう共感してしまう自分がいるのですが、それでも、ふとした時にイメージする故人への気持ちをクリアな状態にするために、これはとりもなおさず自分のために、これからも続けていきたいなと感じました。

もっとも、そうは思っても物理的に行けない理由を抱えていらっしゃる方は大勢いると思いますので、もし、そういった理由でお墓参りを代行されたい方は、お気軽にお問い合わせ下さればと思います。

仏壇はなくとも故人を思い出すきっかけはどこにでもあるのですから、その瞬間はきれいにアクセスしたいですよね。

空き家は宝か"負動産"か

空き家は宝か"負動産"か街の未来を変える「空き家問題」の前途

https://logmi.jp/business/articles/320967

という記事がウェブ上に上がっていたので考えてみたいと思います。

まず、地方創生とセットで考え、それを実現できる人材を育成していく、という事ですが、これは素直に賛同します。

これは全国各地、津々浦々、どこでも問題意識として挙がっている事で、とりたてて新しい考え方ではないのですが、それを本気で動かそう、実行しよう、という観点で話をされている方は、けっこう稀なのかなと感じました。

まちの規模としては小さい所が成果としては上がっていて、中堅クラスのまちではなかなか成果が出ないとおっしゃっています。

これは地方に住む者として非常に納得です。中堅クラスのまちは、なまじ中堅なだけにまち全体での危機意識が足らないという事と、見えない利権のようなものが非常に複雑に絡み合っていてどこから手を付けていいか分からない、下手に手を出そうものなら住民の大反対や妨害などを受けて頓挫してしまう、というケースが容易に予想されます。

少人数で自力ではどうしようもない事を嫌という程認識している小さなまちほど、新しい動きに対して逆にコンセンサスを得られやすいのかな、と感じました。

次に空き家はマネタイズ(現金化)が難しいという問題。議論ではサブリースなどについて有用性が話されていました。

これは積極的な賛成ではないですが、確かにそういうシーンしか利益を上げていく事は難しいのかな、個々で動いてはスケールメリットなども見いだせないのかな、と感じています。

手数料商売という不動産業の仕組みをどう変えていくかというのは今後の課題なのでしょうが、そういう大きな仕組みを打ち壊して新たな可能性を見出す事は本当に簡単な事じゃありませんし、昨今のニュースなどで取りざたされているように、サブリースは悪徳商法などの危険性もはらんでいるのは確かですが、これは素人が太刀打ちできない問題でもあり、シッカリと精査した不動産のプロに委任するというのは現状では仕方ない事なのかなと感じました。

そして空き家を活用してのまちづくりです。これは可能性あるなと感じました。

空き家を利用して障がい者施設や高齢者施設などを誘致し、そういうまちを作り上げ、コンパクトシティの更にコンパクトなものを形成し、その中である程度利便性を上げていくという流れは、一見可能性高そうだなと感じる事ができました。

ただ、この流れでまちづくりが立ち上がったとしても、最終的にはいびつな住民構成になり、長く続いていくまちにはなりにくいのかなというのは記事にもありましたし、私も地元の古い大規模住宅地を見ていて思っていた事でした。

次に大きな核となる施設。廃校や廃工場などの再利用を成功させるには、円滑なコミュニケーションによって、文化を受け継ぎつつも、しっかりマネーの仕組みは整えるというご意見が記事には載っていますが、これは少し違和感を感じました。

大きなまとまった空間を利用するのならば産業の拠点として使わなければ勿体ないな、と。核になる産業があってそれに従事する住民がいて、町が形成されていく、という無理のないまちの発展や継続の仕方はやはり不動の安定感なのかなと感じました。

「いやいやその産業が衰退したからまちが寂れて空き家が増えたんだろう」というご意見もあろうかと思います。もっともです。だから、そういった核になる大規模な床面積を持つ施設を安価に貸し出して産業を呼び込み(あるいは創成し)まちを形成していく方法を模索する事は、他の様々なトリッキーな手法と比べても全然可能性が高い事なのかなと感じています。

移住じゃなくて交流人口系。という言葉で記事はまとめられています。

無理なくまずは動いてみる、そういう事には最適なアクションなのかなと感じました。

いずれにせよ、多くの地方で問題になっている空き家問題を解決する方法が早く見つかるといいですね。

それまで、空き家の見回り管理はわれわれのサービスで社会貢献活動として利用して下さればあ幸いです。

 

少子化日本の墓問題

一人っ子同士で祖父母の代4つの墓守りも?少子化日本の墓問題

https://www.mag2.com/p/news/386570

という記事がインターネットにあったので考えてみたいと思います。

この記事では、「自分は本家の長男だが墓守をしたくない」というご相談に対し、人気コンサルタントの永江一石さんとおっしゃる方が「自分は葬式も墓も不要だ。子供に迷惑をかけるし別にありがたくもなんともない。あなたもご両親に墓守をしたくないとご相談されてはどうか?」とご回答されています。

なるほど、簡潔で合理的で今の時代を反映したご回答であると感じます。

避けられないトレンドとして、これからお墓は都市部から徐々に減少して行くものと思われます。そして既存の墓地も墓じまいを行う所が増えて来るであろうと思います。

しかし、完全に無くなる事は無いでしょう。それは墓守=嫌なものという価値観の人間ばかりではないという事でもありますし、歴史的に経済的にお墓を維持できるのであればする方の方が圧倒的に多いのではないかと推察するからです。

日本の国民全てにとって、墓を守ったり墓参りをしたりする事は嫌な事足り得るでしょうか?答えはノーです。実際、私自身は墓参りをすること自体に、それほど負担を感じていませんし、むしろ今の自分と対峙できる貴重な機会とすら思っています。

先祖の前で手を合わせ、自身の近況を報告しようとした時、その思念に嘘はつけません。どんなに常日頃、自分自身をも騙しながら生きているのか、そうして先祖と対面するとよく分かります。色々良い事を報告しようとしても、普段ベールで包んでいる嘘や上方修正した感覚が剥ぎ取られ、全くフラットで素の自分を報告しようとした時、出て来る思念は情けないという思いの方が強く、長時間手を合わせていられないくらいの羞恥を感じます。

皆さんはいかがですか?私は敏腕ビジネスマンには遠く及ばない地方の零細経営者ですので、心の底から、自信をもって、一片の嘘偽りなく、社会に自身をさらけ出す事ができていません。お墓参りは素の自分と対峙する貴重な時間でもありますし、草とりや清掃などを行う事で、対峙する準備も整ってくるのかなと感じます。

最近では子供とお墓参りに行く事が多いので、今までの自分の報告に加えて先祖への感謝の念も湧いてくるようになりました。こんな素晴らしい家族に恵まれて感謝します、と。

一方で、お墓参りに掛かる経費もバカにならない方も多いのではないでしょうか?

都心から実家のある地方まで電車で移動し、お墓参りをし、ご近所に挨拶などをしてまた帰る。それも家族皆で。一体、どれほどの経費が掛かる事でしょうか?できる事なら墓じまいをしてしまいたいという思いも、分からなくはないです。

しかし、人間には生物的に必ず両親がいて、その両親にも両親がいて、先祖というルーツを形成しています。あまり機会は無いかと思いますが、この先祖を意識した時、特殊な事情が無い限りは別段悪い印象は抱かない筈で、顔も知らない自身の先祖のエピソードを親戚や近所の方から聞くと、何となく身近に感じたり自身の性格と似たようなエピソードがあって苦笑いしたり、温かな気持ちになる事ができたりするものです。(もちろん、特殊な事情がある方は別です)

そういう話をする機会も悪く無い機会かなと思うのですがいかがでしょうか?

数年に一度はそういう機会を作る。その際にお墓でもないと、なかなか実家のある(あった)場所に戻るきっかけもありませんので、お墓を残す事は、ある意味大事な事も多いのかなと感じる記事でした。

皆様はどのように感じられたでしょうか?今のあなたの感じ方と20年後の貴方の感じ方はどうでしょうか?変わっていたりするものでしょうか?その時お墓の存在が既になかった場合はどのように感じられると思うでしょうか?

 

空き家活用の新サービスについて

空き家活用について新しい試みが記事になっていたのでご紹介します。

 

東京五輪後に「全国住み放題」が広がる理由

空家活用の新モデル、仕掛け人が描く青写真

https://toyokeizai.net/articles/-/269309

 

月40,000円で日本中住み放題。全国の空き家と泊まりたい人をマッチングするサービスだそうで、先行会員として30人を募集したところ、1100人の応募があったとのこと、注目を集めているようです。

こういった空き家の問題では、やはり都心なのか地方なのか?地方でも利便性はどうなのか?という問題は避けては通れない話題です。

事実、この記事についているコメントでも、結局地方の空き家では回転率が悪いので、採算を問題視するものが散見されます。

そうです、空き家の問題で根が深いのは地方の利便性が悪い物件なのです。

 

平成25年の統計なので若干古いのですが、空き家率が最も多いのは「山梨県」で22.0%、次いで「長野県」19.8%、3番目は「和歌山県」で18.1%、4位以下は「高知県」17.8%「徳島県」と「愛媛県」が17.5%「香川県」17.2%「鹿児島県」17.0%「栃木県」と「静岡県」が16.3%となっています。

https://uub.jp/pdr/s/akiya.html

 

こういった地方の空き家問題の場合は、地方で生まれ育った子供が、大学進学を機に都心へ出て行き、そのまま戻ってこない、という構図は、どこも共通しているのではないかと思うのですが、ではその戻ってこない子供を戻すにはどうすればいいのか?や、新たに新規居住者を探すにはどうすればいいのか?ということに、各県の行政は頭を悩ませているのですが、実際にそれが上手く行っているという試みは、今のところごく限られているようです。

そんななか、せめて荒れないように時折使ってくれる人がいないか、という希望を抱いて、Aiabnbのように単発の宿泊をマッチングするサイトに注目するのも分かる気がします。

事実、Airbnbと東京大学が共同で、民泊を利用して空き家の社会問題を解決できないかという研究が2年前から実施されています。

 

空き家×Airbnb=地方創生!? Airbnbと東京大学が共同研究を開始!民泊を通じて社会問題を解決へ

https://honichi.com/news/2017/01/30/akiyachihososeiairbnb/

 

「住む」というレベルでの居住が、引越や近所づきあいなど諸々含めてハードルが高いのであれば、「借りる」というある程度いつでも移動できるという一段低いハードルもありですし、「泊まる」という一夜限りの非常にインスタントな状況でも、日本の世論が受け入れられるのだったら、可能性は非常に高いのかなと感じますし、なんとなくですが今の状況を見ると、受け入れられそうな感覚はあります。

 

しかし、そんな民泊に登録して、年に1回あるか?ないか?の誰か利用を待ってメンテナンスしたりセキュリティーにあれこれ時間とお金を費やすよりも、現在の持ち主が、つまりその家で生まれ育った方やその子供が、年に1回でもいいのでルーツとなるその家に帰省し、掃除をしながら過去の自分や家族を見つめ直す、という絶好の機会になるんじゃないかなとも思います。

それはお墓参りの項でも述べました通り、自分と向き合うとてもいい機会かなと感じます。

 

そうは言っても年に1回じゃ家の中を掃除するだけで一杯一杯だよ、田舎の家には庭があって、草がそれはもう伸び放題なんだよ!

とおっしゃる方がいらっしゃいましたら、そこはそれ、当方のサービスをおすすめして下さいますと、有難いです(笑)3ヶ月、6ヶ月、1年と、ご要望に合わせた間隔を空けてご実家の見回りをさせて頂きます。